夏最後のカヤック やっと漕ぎ方がわかった 9月9日の日記
天気予報を見るに、多分今日が最後の気温も高くて、天気もいい日だった。それもあってか、単に行く時間が遅れたのか、思ったよりも人がいたけど、カヤックを組み立てるくらいなら全然迷惑にならないくらいだった。 夏休みの期間、土日に […]
天気予報を見るに、多分今日が最後の気温も高くて、天気もいい日だった。それもあってか、単に行く時間が遅れたのか、思ったよりも人がいたけど、カヤックを組み立てるくらいなら全然迷惑にならないくらいだった。 夏休みの期間、土日に […]
父がいなかったら、僕は今頃どうなっていたのか、想像もできません 僕が今、パソコンを使えていたり、カヤックやパン作りに挑戦できたり、ハンバーグぐらいは詰まらず1時間で作れるようになったのも、全て父のおかげだと思います 僕が
来年の春で中学校を卒業します長かったような、短かったような、中学校自体の思い出は、担任の先生が会いに来てくれていた、くらいしかありませんが、この3年間、僕は父との暮らしで、物凄く成長したと思っています 小三から不登校で、
最近、自分自身の気持ちや行動について深く考えることが増えましたというのも、優しさ、気遣い、気配り、思いやり、みたいなものができなくて、父に突っ込まれたりして、父にだけにするのも嫌なのですが、弟たちにも心無い行動をしてしま
僕は小三から5年間ほど、父と二人で暮らしていたのですが、ちょうど一年前くらいから、弟二人と暮らすことになって、家族という存在について、これまで以上に深く考えさせられるようになりました 日々の生活でのちょっとしたことや、お
自転車は、去年の春から冬までほぼ毎日乗っていました最初は、健康のためや、痩せたりするために始めた散歩から、父のミニベロに乗り始めてから、どんどん自転車そのものが楽しくなり、毎日昼前から夕方まで走りに行ってました 自転車に
母親は、人の気持ちが理解できなくて、自分のことしか考えていません LINEや電話で、散々キレても、しっかり話しても、何も話が通じてる感覚が全くなく、治す気も感じられません 僕が不登校になった次の年の春に、母親は住んでた一
母親は、僕が友達に鉛筆を折られた時も、父が母親に、相手の家の人に言うように言ったらしいんですが、母親はいつも人の目を気にしたり、嫌われるのが嫌なのか、言いに行きませんでした僕もそいつの方が強いと思っていたので、なかなか言
調停中は、父は家で何度も母親の家に帰るように何時間も説明していたけど、次男は僕とまた離れることや、母親といっしょに暮らさなければいけないことも、本当に嫌だと言い、過呼吸のようになって物凄く泣いたり、トイレに走っていって吐