僕は、当時小学3年生、2018年の11月から、現在の中3になるまで不登校を続けています
不登校になった時、母親は、父親は、なんて言ったのか、どういう反応したのか、どういうことをしてきたのか、書いていきます
不登校になった時、母親が言ったこと、やったこと
僕は、不登校になると同時に、母親の家から2、3キロ離れた父親の家に住み始めました
母親のことが嫌で、逃げてきました
母親は、毎朝父親の住んでいた3階の部屋まで階段を登ってきて、学校に行くのを催促してきました
「とにかく学校に行ってよ!」
と、印象に残ってるのはこれしかないですが、当時僕は本当に嫌で怖くて、母親が来る時間や、階段を登ってくるドンドンドンという音がきこえると、母親の見えない位置に隠れたり、布団にくるまったりしていました
ずっと父親が母親の相手をしてくれていていたのですが、母親がしつこく、なんと言ったのかは覚えていませんが、僕が母親に向かって来ないで!など叫んだのがきっかけで、次の日からは来なくなりました
不登校になった時、父親が言ったこと、やったこと
僕が不登校になったのは、土日に父親の家に行って、その週明けでした
その日の朝、僕が学校に行きたくないと言い、じゃあ休めば?と言ってくれて、父に母親と学校に連絡してもらい、休みました
僕は、学校自体が嫌な訳ではなく、母親の家に帰りたくなかったんだと思います
学校に行くと、友達と一緒に下校する
すると、母親の家に帰ることになってしまうから
当時はそこまで考えてたかはわかりませんが、実際に、僕の友達の母親と僕の母親が協力して、学校帰りに僕はその友達に家で遊ぼうと誘われて、夕飯時に母親が迎えに来て、連れ戻されたことがあり、
それからは学校に行く=母親の家に帰る、となってしまい、行けませんでした
学校自体が嫌いな訳では無いと言いましたが、前からちょくちょく学校が嫌で休んだり、小学校ではバスケットボールチームに入っていて、そこの先生も怖くて、行きたくありませんでした
田舎だったこともあり、学校に行かなくなって、外に出ると同級生や一緒にバスケをやってた子に会うことも多く、「なんで学校来ないの?」
など色々聞かれて、言われて、僕も理由をうまく説明できず、無視したり逃げたりして、外にも出られなくなりました
昼に出歩けないので、父が夜中にスーパーにアイスを買いに連れて行ってくれたりしました
父親は、僕が学校にいかなくなったことについて学校に直接話に行ってくれたり、僕が母親が嫌いで、学校に行きたくないということについても、許してくれました
先に書いた通り、母親の相手もしてくれていました
学校に完全に行かなくなった後は、僕に母親がどんな人か、母親のどんなところが嫌なのか、なんで学校が嫌なのか、本当に毎日、ホワイトボードを使ったりして、いろんな話を何時間もしてくれました
当時の僕は、小3だったこともあり、母親のどんなところが嫌なのかと言っても「めんどくさい」しか言えなかったのですが、父の説明もあり、段々わかるようになっていきました
行かなくなった直後は、学校に行ってないことが不安で、授業の時間になると罪悪感が凄かったり、本当に悩んでいたんですが、父の話や家での生活が楽しかったおかげで、時間はかかりましたが、なんとか乗り越えられました